奥穂高岳山頂【2008.30】
4月13日の夜行バスで名古屋経由で、八ヶ岳に入山して、その後、北アルプス北部と南部を経由して、5月6日に佐世保帰着した約3週間の春山記録です。
南八ヶ岳 北アルプス北部 北アルプス南部
南八ヶ岳
阿弥陀岳南稜 真教寺尾根 天狗尾根 赤岳東稜
期間:平成20年4月14日 〜 24日
末永単独
4月14日
名古屋経由で茅野駅に到着。『四季の森販売センター』バス停でバスを降車して、船山十字路を目指す。
初日ということもあり、重荷に慣れず、ゆっくりと歩く。
装備一式
肥満体の70リットルのザック
肥満体の70リットルのザックの重量は?です。計測していないので、分かりませんが30`を少しオーバーする位だと思います。結果的に必要以上だった登攀用具が、重さの原因です。
旭小屋までの間、阿弥陀岳の湧き水を汲みに来た二組の方から、旭小屋はまだ使用できるのかを聞かれる。
外観は、写真をの通りだが、内部は雨風を凌ぐには十分で、この小屋でテント泊をするのは、今回で3回目になる。
旭小屋
旭小屋内部
4月15日
旭小屋を6時過ぎに出発。
青ナギからの阿弥陀岳
写真から、雪庇が東側に出ているのが分かります。
P3ルンゼの上部
P3は、チリ雪崩の中を登りました。
今回は、10年ぶりの単独登攀?ということもあり、システム確認をかねて、4ピッチにザイルを使用しました。Z式ですので×3で12となります。
慣れないこともあり、多大な時間を使い、山頂直下で幕営しました。
山頂直下で幕営地から
4月16日
前日の疲れもあり、ゆっくりと出発。
いきなりいやらしいトラバースとなる。写真では、分からないが左下はスッパリと切れ落ち込んでいる。
ザイルを出したいところだが、いったん出すと×3となるので、慎重の上に慎重に一歩一歩前進。基本的に臆病であることを感じながらのトラバースとなる。
ちょっといやらしいトラバース
山頂直下の雪壁、これも写真では全く分からないが、もし滑落すれば谷底まですべり落ちる事となる。ここもザイルを出さずに、そのまま登る。
写真ではなんでもない雪壁
今までの、阿弥陀岳の中で最も積雪量のある山頂だ。
阿弥陀岳山頂
阿弥陀岳からの下降は、完全に雪壁状でトレースもなく緊張が続いた。
中岳のコルからの阿弥陀岳
文三郎道を下山する3人パーティーを遠眼に見ていると、たぶんガイドだと思うが、ローワーダウンで、確保しながら2人を下ろしているようだ。年末年始には、とても考えられない。
当たり前の話だが、積雪期の山は、雪の状態で、困難さが大きく左右する事を実感した。これが、GWになると雪壁も階段状にトレースがついて、技術的にもだいぶ登りやすくなると思う。今までの10年は、先行者のトレースをたどる雪山の経験しかなかったが、今シーズンは、ずいぶん自らがトレースをつけて歩いたものだ。
この日は、翌日に天気が崩れることが予想されていたので、予定していた阿弥陀岳北稜と赤岳主稜をあきらめ、可能な限り下降して、真教寺尾根の上部に幕営。
左:県界尾根 右:真教寺尾根
4月17日
ゆっくりと出発。何とか、安全地帯まで天気がもつことを願いながら下山する。
16日に幕営して、雪をならした箇所も降雪後には、ナイフリッジ(23日確認)になっていた。
前日の幕営地
真教寺尾根からの赤岳(4月17日)
真教寺尾根上部からの天狗尾根(4月17日)
真教寺尾根(4月17日)
4月18日
八ヶ岳のベースは、『美しの森ファーム』です。以前、高根荘の時に宿泊したことがあります。現在は、経営が変わり『美しの森ファーム』となっています
スタッフの皆様にとても親切にしていただきました。
3日間お世話になった『美しの森ファーム』
18日は、翌日に赤岳東稜を上る予定で真教寺尾根の牛首山付近に幕営しました。
4月19日
下記の3枚の写真は、17日の降雪後の19日の写真です。上記に同じ場所の写真がありますので、確認してください。この約20cmの降雪で、しばらく雪崩が多発していました。
真教寺尾根の2500m付近から赤岳東稜に取り付く際に、沢状地形をトラバースしなければなりませんが、その沢も雪崩が発生しました。その瞬間、敗退を決めて、下山しました。
真教寺尾根からの赤岳(4月19日)
真教寺尾根上部からの天狗尾根(4月19日)
真教寺尾根(4月19日)
2008.4.17と18の天気図は、下記の通りです。この日は、南八ヶ岳で、概ね標高2000m以上が雪だったようです。
より詳しい解説は、『気象人』の気象ダイアリーをご覧ください。
一般的にいって、雪になる目安は、地上温度3℃未満、上空1,500m−6℃未満、上空5500mで-30℃未満とされています。
春山の場合は、日照によって、雪が融解凍結を繰り返しています。その雪に、新雪が積もると非常に雪崩れやすい状況となります。
19日は、真教寺尾根上部にしばらくいましたが、多くの雪崩発生音と雪崩を確認しました。東面だけではなく西面も雪崩れているようでした。
4月20日
20日は、出合小屋までの予定なので、ゆっくりと出発。『美しの森ファーム』は、登山者用の無料駐車場もあるので便利です。受付に申し出れば、無料で使用可能です。
出合小屋までは、しばらく林道を歩くことになります。
林道
林道から川沿いの登山道に変わります。
川沿いの登山道
出合小屋を出会小屋と記入されていた案内板やパンフレットを見かけました。まあ、出会小屋でも間違いはないようです。この日の出会いは、単独の雲表倶楽部OBの方と若い女性の単独クライマー、あとそれぞれ2人の2パティーでした。
雲表倶楽部OBの方とは、一晩同宿させていただきました。いろんな話を聞かせていただき、聞いていただきました。
出合小屋
天狗尾根 大天狗
出合小屋は、地元の高根山岳会によって、維持管理されています。
この場を借りて、お礼申し上げます。
出合小屋
出合小屋のトイレです。鋭角な屋根と毛布の扉が、趣がありますね。
トイレ
小屋には、まきストーブがあります。暖をとるだけではなく、ストーブの炎を見ているとなんだか心が和んできます。
出合小屋のまきストーブ
4月21日
出合小屋を5時に出発、天狗尾根を目指します。
小屋のすぐ上部の赤岳沢をつめるために、すぐに左岸へ渡ります。しばらく、赤岳沢を登ってから、トレースから尾根に上がりました。
尾根下部から天狗尾根上部
天狗尾根
カニのハサミは、左側を巻くこともできますが、直登して越えました。
カニのハサミ
大天狗
昨日会った単独の女性クライマーは、天狗尾根を登った帰りでした。以前にも登ったことがあるようですが、ロープを出さずに大天狗を登ったということでした。私も登りましたが、フリーをやっていない私にとっては、かなり厳しい登攀でした。私が登った箇所は、ルートをそれていたようで、ランニングもなく浮石だらけで大変でした。
もう少し、登攀能力があれば本来のルートを登っていたと思いますが、どうしても最初の出だしのふんぎりがつきませんでした。パートナーが確保してくれる場合と単独の場合の緊張度合は、比較になりません。
小天狗
初めての天狗尾根は、可能な限り直登して越えました。春山であったので何とかなりましたが、冬山の単独で同じ登り方をすることはできないと思います。天候に恵まれ助かりました。
ツルネ東稜からの天狗尾根
下山は、ツルネ東稜を忠実に下りました。
下山すると、俳句のために入山していた雲表倶楽部OBの岳人(俳人)は、もう一泊と話されていましたが、すでに下山されていました。コンビニのおにぎり二個が残それていたので、おいしくいただきました。ご馳走様でした。
それにしても、雪の上のテント泊と違って、小屋泊は、とても快適です。重ねて、高根山岳会の皆様に感謝。
4月22日
この日もゆっくりと出発。明日、早朝に赤岳東稜を登る予定で、真教寺尾根の牛首山を目指す。出合小屋から、しばらく川沿いに下降して、適当なところから真教寺尾根を目指します。適当といっても、ルートを知らない私にとっては、登攀道具があるのでできることです。いざとなれば懸垂下降もできます。結果的には、支尾根にうまく上がる事ができて、登攀道具を使用せずに牛首山まで登ることができました。しかし、トレースなしの急登で疲れはてました。
牛首山にて
幕営は、いつもこんな感じです。天気がいい日は、可能な限り装備品を乾かします。乾いた寝袋だと熟睡できて、疲れも取れやすいものです。
夕暮れの天狗尾根
昨日は、天狗尾根を登りました。四季を通じて、登られています。無雪期の天狗尾根や阿弥陀岳南稜のガイドはやってみたいですね。
4月23日
雪崩を避けるために深夜1時に起床。3時、赤岳東稜に向けて出発。
赤岳東稜(マウスを写真にあてるとルートが赤線で表示されます。)
日が昇る前に、沢状地形を通過したかったが、時間がかかり6時ごろに、数日前のデブリを見ながらなるべく急いで通過する。
4月19日の雪崩の痕跡 サイズ2?
このデブリを見ても、経験の浅い私には正確な雪崩のサイズが分かりません。ただ、デブリ(雪崩末端のブロック状の雪の塊)は、とても硬く引き締まった雪の塊ですので、雪崩に巻き込まれれば、大変なことになるということは分かります。今回の山行では、単独でしたが、ビーコンを携帯して常に発信していました。今後の登山は、単独であってもビーコンの携帯します。
雪崩のサイズ
サイズ | 内 容 |
0 | 雪崩なし。 |
1 | 人への被害なし。 |
2 | 人が亡くなる可能性あり。 |
3 | 車が埋没して家が埋まる。 |
4 | 列車が倒される。 |
5 | 村が消滅する。 |
ナイフリッジ状の雪稜
赤岳東稜は、ザイルは使用しませんでしたが、雪がグジュグジュで条件は、あまりよくありませんでした。日々、暖かくなり雪解けが急速に進んでいます。
竜頭峰(終了点)からの東稜
天候がよければ、赤岳頂上小屋からは、、赤岳東稜を登るクライマーの姿を間近に見ることがきるようです。
竜頭峰(終了点)からの赤岳
竜頭峰(終了点)からの天狗尾根
下山は、真教寺尾根を下降しました。
この日は、早朝からの行動で、テントに戻ってから撤収して下山する気力がなくそのまま幕営。
4月24日
ベースにしている『美しの森ファーム』下山。休養と装備点検。
羽衣の池には、ミズバショウが試験栽培されていました。
芽吹きの春に11日間も八ヶ岳に滞在して、野山を歩いていたので、季節の移り変わりを肌で感じることができます。
以前にも、定期的に雲仙にクライミングに出かけていたときに、季節の移り変わりを山肌を見て感じるとることができた経験があります。
同じ山地域に、定期的に通い、季節の移り変わりを感じる登山もすばらしいと思います。
四季のある日本、素敵ですね。
ミズバショウ【羽衣の池】
北アルプス北部
白馬主稜
4月25日
松本経由で白馬村へ移動。白馬村のスーパーの駐車場で幕営。
4月26日
早朝から白馬駅へ出向き、二股までのタクシーの相乗りをと思うが、同乗できる登山者はみあたらず、構内でしばらく関東からの登山者と話をする。
結局、相乗りをあきらめ、朝食後にタクシーで二股へ。
二股には、大学山岳部らしいザックが、大鍋とともにデポしてある。遭難者の慰霊を行っているということ。
猿倉のミズバショウ
大雪渓までのルート
この日は、晴れわたったり、ガスったりの繰返し。いったんガスってしますと視界数十mで、一気に不安になってしまう。ルートが見渡せると安心感が違います。
主稜取り付き
この時期の主稜は、毎週入山者がいるので、トレースが明確に残っています。そのトレースを充実にたどって登ることで、ラッセル時とは比較にならないくらいの時間で登ることができます。
先行者
主稜は、ナイフリッジの連続です。もし、トレースがなければ所要時間も何倍もなるだけではなく、その緊張度合い計りしれません。技術的にも、数段高くなるような気がします。
26日は、稜線上で一泊。この日は、雪が降りました。
4月27日
降雪のため、アイゼンが雪に埋もれてしまいすぐに見つからず、あせってしまいました。この先、アイゼンなしでの登高は、私には、不可能です。
朝から3パティーで、新たなトレースをつけながらの登高となりました。
ナイフリッジ
主稜でもザイルは、使用していませんがいつでも出せるようにロープ状に体に巻きつけていました。
こんな感じ
同流の3人パティー
最も核心部で晴れ渡りましたので、助かりました。そして、ご覧のような展望を楽しむ事ができました。
横浜からの3人パティーの女性は、初めての主稜を盛んに『カッコーイイ』と表現していました。ほんと『カッコーイイ』です。
山頂直下からの主稜
最後の60mの雪壁を前にして、山頂直下に集まった登山者。
山頂直下
最後の60mの雪壁は、写真で見るより、実際は、かなり急斜面です。最後の3mは、ほぼ垂直な壁になっています。滑落は、致命傷になりますので、可能な限りザイルを出すことが必要ですが、私は、この壁を2回ともノーザイルで越えました。しかし、今後は、可能な限りザイルを出していこうと思います。
最後の60mの雪壁
山頂に登ると東側とは、別世界です。西からの風が強く、真冬に戻ったみたいでした。
この風の中、縦走することを躊躇しました。日程的に余裕があるので、早々とテントを設営しました。
4月28日
目が覚めると、テント内部の室温は、氷点下7℃です。外気温とテント内は、概ね10℃程差があります。どうりで、前夜寒かったはずです。
外を見ても、前日と同じ吹雪です。過去、1月と5月の2回、越えている経験上この天気で、不帰の嶮を単独で越えることは、私には無理です。
大雪渓を下降することにしました。日本3代雪渓(白馬大雪渓・剣沢・針の木)で、経験がなかったのは、大雪渓だけでした。
積雪期にはじめての下降に不安は、残りましたが、視界もあり、安定した状態で下降ができました。しかし、枝沢、特に杓子岳からは、いくつもの雪崩の痕跡がありました。
白馬大雪渓
雪崩の痕跡 デブリ
白馬主稜の全景【猿倉駐車場から】
猿倉荘からは、白馬山案内人組合の石田さんに便乗させていただきました。ペンション(グローブ イン スカラ)も経営されているということで、宿泊をお願いしました。
オーナーが山岳ガイドということもあって、いろいろ気ずかって頂きとても助かりました。ガイド業のベースににできればと思っています。
オーナーが、山の本を出版『中高年のやさしい山歩き』されていましたので、宿泊の記念に購入しました。
カタクリは、九州では一部の山にしか見られませんが、長野県では、そう珍しい花ではないようです。思ったより、小さなかわいい花でした。
白馬村のカタクリ
北アルプス南部
奥穂高岳 明神岳東稜
4月29日
松本経由で、上高地へ移動しました。小梨平キャンプ宿泊。
河童橋
上高地 小梨平キャンプ場
4月30日
朝3時前に出発して、小梨平キャンプから奥穂高岳を往復しました。
横尾山荘でようやく夜が明けました。
横尾は、槍ヶ岳、穂高、蝶ケ岳、上高地への登山道の要所で、多くの登山者が休息するところです。また、冬季には、避難小屋が開放されています。この避難小屋を使用するのは、冬壁を登る岳人です。私には、縁がない小屋かもしれません。でも、冬季の横尾尾根は、登りたいと思っていますので、その際、ぜひ利用させていただきたいものです。
開放期間:平成19年11月6日〜平成20年4月26日と記されていました。
横尾山荘の避難小屋
横尾山荘のトイレ
トイレの注意書き
明神岳と横尾橋
屏風岩
涸沢ヒュッテ
涸沢から穂高山荘までは、この時期、2時間〜3時間を要します。一部、かなりの急傾斜の箇所もあります。
登りながら、残雪の状況を確認していましたので、帰りは、グリセードで下山するつもりでしたが、雪が柔らかすぎて尻セードで下りました。
ほとんどの登山者が、歩いて下山する中、尻セードで下山していいものだろうかと悩みましたが、とりあえず降りてみることにしました。
白出のコルからグリセードや尻セードで下山しても、途中クレバスなどがなければ、どこかで必ず停止すると思います。
ただ、グリセードや尻セードで下山して、雪崩を誘発する結果にならないのかが気がかりでした。
まだ、経験不足でその点が、良く分かりません。
皆が、やっているから大丈夫ではなく、技術も様々ですので、自分なりの安全管理が必要です。
涸沢カール
穂高山荘から奥穂高へ
奥穂高山頂からの槍ヶ岳
4月29日現在、涸沢には大きな雪崩の痕跡はありませんでした。年によっては、幕営地付近まで、デブリが押し寄せてくる場合もあるようです。涸沢の幕営地っも決して安全なところではないのかもしれません。正月の槍沢の雪崩事故が思い出されます。
涸沢カール
この日は、涸沢に行きがけにカレーを食べて、帰り際に、おでんと贅沢をしました。
天気も良く、休憩もかなり長く取ってしまいました。
小梨平キャンプ場に午後7時にまでに戻れば、風呂に入ることができます。時間的にかなり厳し勝ったですが、横尾から小走りで5分前にキャンプ場に到着しました。
途中、ストックを引っ掛けて、泥水の中に転倒しながら、すり傷を負ってのゴールでした。しかし、風呂には入れてもらえず、かなりショックでした。6時45分までに入らなければならなかったようです。八ヶ岳でも白馬でもとても親切にしていただいたので、甘えた気持ちがあったのかもしれません。
自分に厳しく他人には、優しくなりたいものです。全く逆である私は、人間的にかなり未熟だと感じるときがあります。『我以外皆我師』で、人生を学んで生きたいものです。
結局、この日は、17時間の行動。さすがに疲れ、明日の西穂高は、当然中止です。おやすみなさい。
5月1日
勉強のために、午後から、上高地ビジターセンターのガイドウォークに参加して、明神池を目指しました。
5月2日
早朝から、昨日引き続き、上高地ビジターセンターのガイドウォークに参加して、大正池を目指しました。
ガイドさんに、明神岳東稜を登ることを話すと心配していただきましたが、無事に登ってくることができました。ありがとうございました。
午後から、林さんと小梨平で合流。もう、7年間程、林さんとは、ザイルを組んでいる。定期的に、フリーも練習していらっしゃるので、岩の登攀能力は、ぜんぜんかないません。
いつもフリーを練習するように言われていますが、どうしても優先順位をつけると、下位になってしまいます。ただ、来年4月以降は、優先的にフリーもやることになると思います。
アルパインを行うための要素は、まず体力ですが、フリーの能力特にそのバランスは、とても大きな要素の一つになります。
5月3日
林さんと二人で、明神岳東稜です。今回は、細かなルートの確認は、リーダーの林さんがしてくれました。
ひょうたん池までの沢状地形のトラバースでは、これまで何度も雪崩の事故が発生しています。
この日は、早朝にとりついた関係で、雪崩の不安はあまりありませんでしたが、岩の崩壊が頻繁に発生していました。
お互いの距離を30m程おいてから行動しました。
ひょうたん池までのトラバース
ひょうたん池上部を登る林さん
足元は、スパット切れ落ちています。我々は、二人パティーなので、ザイルを頻繁に多用しましたが、後続のパティーは、ほとんどザイルなしで登ってきます。
そのせいか、かなり先行していたのに昼過ぎには追いつかれてしまいました。今まで、単独で行動してきたので、特に私が安全性を求めていた気がします。
しかし、一歩足を踏み外せば、致命傷になるようなところばかりです。安全性とスピード、永遠のテーマです。繰返し、トレーニングしてザイル操作に慣れるしかありません。
ほとんどの滑落による大事故は、ノーザイルで発生した事故です。誰でも、平坦な舗装された道でも、転倒することがあります。
技術的にやさしくても、失敗すると致命傷になるところでは、ザイルによる確保を原則としたいものです。
明神岳東稜線
これから、先の写真は、ありません。登攀に集中していて、その余裕がなかったようです。
林さんは、カラビナとATCを。私は、サングラスをこの間、紛失しました。
サングラスには、困りました。雪目になったら大変です。春山で、いったんサングラスをかけると、サングラスなしでは、目も開けられないことがあります。
少し、ペースを緩め後続のパーティーが、サングラスを持ってきてくれることに期待をかけていました。
訪ねると、見かけたが、ルートから離れていたのでという回答でした。
助かったことに、他のパーティーの方からサングラスをお借りすることができて、事なきを得ました。次回から予備も持っていこうと思います。
私たちは、明神岳の山頂にダイレクトに抜けました。もう日暮れ近かったので、少し緊張しましたが、何とか主峰に抜けることができました。
明神岳山頂にて
明神岳山頂にて
主峰からはU峰とのコルに下降して、幕営しました。
主峰からのU峰の風景は、今まで見た穂高周辺の風景とは異なる印象を持ちました。何かヨーロッパアルプ的なイメージがありますよね。
主峰からのU峰
幕営地に到着したら、周囲を良く見て行動しないと大変なことになります。
中には、コッフェルの雪の中に○○○が、混ざっていたという話もあるくらいですので。
5月4日
本日は、明神岳を縦走してX峰から南西尾根を下降します。
朝から、いきなりU峰の3級の登攀です。主峰とは異なり、比較的岩が安定していたので助かりました。
明神岳主峰(左)とU峰
昨日は、この細い稜線を登ってきました。何箇所かは、雪が崩れるのではないかと思われる箇所もありました。感覚的には、雪稜は、、3月中が安定しているような気がしますが、3月は、まだ冬山で寒さが厳しいです。
雷鳥は、天然記念物ですが、カモシカ同様に頻繁に見ることができます。今回の山行でも、明神岳と白馬岳で見ました。白馬の雷鳥は、まだ真っ白でした。吹雪の中、風に向かって、空中でほぼ停止状態の珍しい状況を見ることができました。写真に撮ることができなくて残念です。
雷鳥
この写真は、今回の山行で私が最も気に入っている写真です。上高地がその昔、V字谷だったということを連想させると思いませんか?
明神岳X峰からの上高地